国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センターの島田裕之センター長にインタビュー

2023年度 自賠責運用益拠出事業/仮想現実運転シミュレーションを用いた運転寿命延伸プログラムの構築

高齢者による自動車事故をしばしば耳にします。認知機能や運転技能の低下が主な原因とみられ、75歳以上の人には運転免許更新のときに認知機能検査が義務付けられています。しかし、高齢ドライバーによる死亡事故の6割以上は、検査で認知機能の低下が見られないとされる人で、運転技能を把握できる検査の重要性が増しています。国立研究開発法人国立長寿医療研究センターは仮想現実(VR)運転シミュレーションを使って運転技能を簡単に評価する方法を開発しており、日本損害保険協会はその研究を支援しています。VRによる〝運転寿命〟の延伸について島田裕之老年学・社会科学研究センター長に伺いました。

〝運転寿命〟延伸を

 私たちの調査では、65歳以上の高齢者の63%が車の運転をしており、男性では85歳以上の約4割に達しています。高齢者が引き起こす重大事故は増え、75歳以上の免許保有者10万人当たりの死亡事故件数は、75歳未満の約2.6倍と高くなっています。
 事故防止に向けたスクリーニングとして、高齢者には免許更新時の認知機能検査が導入されています。ところが、実際に車を運転する「実車試験」をすると、認知機能検査をパスした人でも仮免許の試験に受からないケースがあります。適正な速度でしっかり確認すれば事故のリスクは相当下がりますが、それができていない高齢者もいます。
 一方で活動範囲が狭い高齢者にとって、車は移動の大きな手段であり、生活の自立にも必要です。安全に運転できる期間、つまり〝運転寿命〟を延ばすことも本研究の目的の一つです。

仮想空間を走行

 高齢者による運転の安全を確保するには、運転技能の評価が欠かせませんが、手間も費用もかかる実車試験や大がかりな運転シミュレーターを使う検査は、地域でのスクリーニングには向きません。そこで、比較的簡単に判別できるツールとして、VRを使って技能を評価するプログラムを開発しました。
 検査を受ける人はゴーグルを着用し、左手にコントローラーを持ちます。ゴーグル内の画面には仮想の街並みと道路が車内から見たように映し出され、右を向けば実際に右を見ているように画面も移ります。案内の音声に従い、周囲の車や人、信号機などに注意しながら、自動運転で進む車にコントローラーを操作してブレーキをかける、という検査で所要時間は10~15分で済みます。
 発進、直進、右左折のそれぞれで、安全確認と停止が正しくできているか、20項目にわたってチェックし、後日、本人に通知します。紹介した運転VR検査は、国立長寿医療研究センターのある愛知県大府市で、2020年度から特定健診のオプションの一つとして実施しており、23年度は20日間で527人が受けました

判別モデル作成へ

 私たちの狙いは、運転技能の問題点をVRによって高齢者自らが気付き、行政が補助する運転教習などでトレーニングをして安全に運転を続けてもらうことです。実車教習などの教育プログラムを受けて学び直すと、運転技能は大幅に向上し、その効果は1年後でも保持されます。
 課題はVRを、どのような形で社会実装するかです。免許更新時の検査で使うとなるとゴーグルが相当数必要なうえ、高齢者が自分で装着し操作するのは困難です。自動車販売店や損害保険会社、自治体の窓口などに置いて、自分の運転をチェックするために使ってもらうのが現実的だと思います。
 現在、VRの検査データとその人の交通事故、違反の記録を照合し、検査のどの項目の点数が悪かったら、どのような事故や違反のリスクが増すのか、という統計的な判別モデルの作成を進めています。VRを活用して運転寿命を延伸させ、事故防止に貢献したい。そして将来は事故の可能性予測にも役立てたい、と考えています。