日本救急看護学会外傷看護委員会・苑田裕樹委員長にインタビュー

2023年度 自賠責運用益拠出事業/救急外傷看護の研修会費用補助

交通事故など不慮の事故に対応する救急外傷医療の従事者には、患者を搬送した救急隊員から受傷現場の様子を聞き取り、患者の体のあらゆる部分を評価して治療の優先度を選ぶとともに、家族の支援も短時間で行う、といったスキルが求められます。円滑な初期診療と外傷死者数減少を目指し、日本救急看護学会は救急医療に従事する看護師を育成する「外傷初期看護コース」(JNTEC、ジェイエヌテック)を開催しています。日本損害保険協会が支援するJNETCの内容や効果について、同学会外傷看護委員会の苑田裕樹委員長(令和健康科学大看護学部講師)にお話を伺いました。

なくせ「防ぎ得た死」

 不慮の事故で死亡する人は年間約4万人、後遺症に苦しむ人はその10倍と言われ、適切な治療を受けていれば死を避けられた例も少なくありません。「防ぎ得た外傷死」をなくすには、外傷診療の質を向上させ手順に沿って行う標準化を進めるとともに、全国どこでも同レベルの治療や看護が受けられるようにする平準化が必要です。JNTECは看護師を対象に外傷初期看護の知識、技術を習得するための教育コースとして2007年にスタートしました。同じような狙いで医師を対象にした外傷初期診療ガイドライン(JATEC、ジェイエイテック)、救急救命士などを対象とした病院前外傷教育プログラム(JPTEC、ジェイピーテック)と整合性を取りつつ、2014年に現在のようなコースへと改訂しました。
 JNTECの基本的なコースが「プロバイダーコース」で、初期診療に必要なアセスメントと看護実践能力を育成することを目的としています。3年以上の看護師経験があり、うち2年以上は救命救急センターや救急外来などに就業していたことを受講資格としています。テキストとeラーニングで事前学習をしてもらい、プレテストに合格したら、全国各地で年20回開催している1日半の実技コースが受講できます。

リーダーシップ、行動予測の効果も

 実技コースは4人ずつ8グループに分かれ、初日は「蘇生処置」「脊椎保護体位管理」「チーム医療」など8分野を、30分ずつ受講します。心拍や呼吸を変えられる高機能シミュレーターも使いながら、受講生と同じ人数のインストラクターが指導に当たります。JATECにはないJNTEC独自の分野が「家族関係者対応」です。例えば「交通事故に遭った12歳の息子とともに救急車から降りてきた母親に対応する」という想定で、母親に声かけする際のポイントや信頼関係の築き方などを、具体的に学びます。2日目はわれわれの用意したシナリオに沿って、救急隊からの連絡から診療までを通しで対応してもらい、最後の筆記試験と実技試験に合格すれば修了となります。
 修了した看護師からは「視点が変わった」「観察が的確にできるようになった」と、学んだことが現場で生きているという感想が寄せられています。先輩看護師からは「リーダーシップが取れるようになった」、医師からは「次の行動を予測して物品の準備をしてくれる看護師が増えた」との声も届き、好評を博しております。われわれが目指す成果は得られており、外傷による死亡率の低減に寄与しています。また、JNTEC受講をドクターヘリやドクターカーに乗れる要件にしている病院もあります。

VR、オンラインにも対応予定

 「プロバイダーコース」のほかに、指導者育成の「インストラクターコース」があり、2023年12月現在、プロバイダーが約8700人、インストラクターは約600人います。2024年からは年5回、仮想現実(VR)を利用したオンラインの「外傷看護VRアドバンスコース」を計画しています。患者一人一人に合った診療や看護を行うため個別のアセスメントが重要になっていますが、VRを使うと現場の環境に入り込んで状況を確認し、与えられた情報だけでなく自分で考えて身体の所見や検査データなどを収集できます。
 JNTECのプログラムは、交通事故被害者の「防ぎ得た外傷死」の防止に大きな効果を上げており、最近増加している高齢者の転倒事故など、外傷形態の変化への対応にも役立っています。また「家族関係者対応」の研修は、虐待による外傷のケースで、加害者である家族が病院に来た場合の対応にも有効なものとなっています。JNTECの成果を、想定の幅を広げ、現場に即した対応にも活かしていきたいと考えています。