上智大グリーフケア研究所の山岡三治所長と栗原幸江特任教授にインタビュー

2024年度 自賠責運用益拠出事業/グリーフケア人材養成講座の運営支援・受講料補助

愛する家族や親しい友人との別れは、深い悲嘆(グリーフ)をもたらし、心にも体にも大きな痛みを与えます。事故や病気、災害、戦争など、さまざまな原因によって生じるグリーフで悩み苦しむ人たちに寄り添い、癒しや成長を支援するのが「グリーフケア」です。上智大グリーフケア研究所は、死生学、精神医学・精神保健、宗教学などの座学や演習、加えて病院や遺族会などでの実習によって、グリーフケアに携わる人材を養成しており、日本損害保険協会はその活動を支援しています。同研究所の山岡三治所長と栗原幸江特任教授に、人材養成のポイントや課題について伺いました。

“自分流”ケアには要注意

 グリーフは死別の際だけでなく、自分がエネルギーを注いで大切にしてきた物や場所が失われたり傷ついたりしたときにも、自然と生じる反応です。悲しみや嘆きのほか、怒りやうらやむ気持ちもあれば、それが自分に向くこともあり、影響は思考にも行動にも及びます。失ったことによる痛みに耐える力をつけたり、自分なりに新たな意味付けをしたりするのを支援するのがグリーフケアと言えます。
 昔は葬儀で親類や近所の人たちが集まって話をしているうちに、グリーフを分かち合い、その人なりに収めることもできました。現代社会は人間関係が希薄になり、死別の悲しみから早く”回復”することを周囲から求められ、悲しんでいる自分をどう扱っていいか分からないのに「何年もたったのだから、そこから抜け出しなさい」と言われるケースも増えています。また、ケアする側が「私が何とかしてあげよう」といって、思い込みや決めつけのある“自分流”で対応し、傷ついた人をさらに傷つけるということもしばしば起きています。
 人材養成講座では、ケアのテクニックを学ぶのではなく、自分のフィルターを意識し、思い込みや決めつけになっていないか振り返ることを大事にしています。ケアは一方的ではありません。ケアされる人が自ら考える力に気づき、つらい経験を咀嚼(そしゃく)していく。ケアする側も、その関わりの中で世の中にはさまざまな見方、感じ方があることを知り成長できるのです。相互に耕されていくというイメージです。

人材養成講座の対面授業を受ける受講生人材養成講座の対面授業を
受ける受講生

心を寄せられる人材へ

 グリーフケア研究所は、100人以上が亡くなった2005年のJR福知山線脱線事故をきっかけとして、2009年に兵庫県尼崎市の大学に設立されました。2010年に上智大に移管され、現在は東京と大阪で人材養成講座を開講しています。受講生のほとんどが社会人です。半数以上は死別体験・喪失体験をしており、受講自体がグリーフケアになっている面があります。また、医療、看護、福祉など対人援助の専門職、神父、僧侶、弁護士、学校の教員、葬儀会社の社員など、仕事の関係でもっと勉強したいという受講理由も多いです。
 まず2年間の「グリーフケア人材養成課程」で、週1回のオンライン授業と月2回の対面での授業を受け、さらに不定期で病院や遺族会などで臨床訪問実習を体験します。2024年度の募集定員は東京が48人、大阪が27人。幅広い分野の座学と実践的な演習により、自分の視野を広げるとともにグリーフケアの理解を深め、相手のさまざまな体験に心を寄せられるようになることを到達目標にしています。
 受講料は年間約30万円で、交通事故の被害者、遺族のうち成績良好な受講生には、日本損害保険協会からの助成によって受講料の半額を補助しています。人材養成課程の修了者には、いずれも1年制の「資格認定課程」(定員:東京、大阪で計30人)と「専門課程」(定員:7人)で、さらに専門的に学ぶ道を設けています。

人材養成講座の履修要覧・シラバス人材養成講座の履修要覧・
シラバス

社会全体でグリーフケアを

 演習を通して、受講生はさまざまなテーマで「自己を語る」という経験を重ねます。相手に寄り添うことが多い医療や介護の専門職であっても、自らを語る場はあまりありません。語るのにどれほど勇気が必要で緊張するかを体験し、傷ついた人が安心して語れるのはどんな場なのかを体験から知ってもらうのです。そして自分を掘り下げ、受講生同士で聴き合うことで、自らの新たな側面に気付けるのです。
 これまでに延べ900人余りが修了しました。臨床現場で働く人は職場に戻って活動し、多くの修了生が遺族会のボランティアや、病院の患者サロン、まちの保健室、いのちの電話など、さまざまなケアの場に関わっています。必要なグリーフケアの時間は人によって違いますし、地域社会だけでなく、企業の中にも部署替えなどで喪失体験をしている人がいます。このためケアの場はいくつもあることが大事ですが、まだ少なく地域差があるのが現状です。
 喪失体験を抱える人すべてが専門家によるグリーフケアを必要としているわけではありませんが、グリーフケアは確かに地域社会の多くの場所で求められています。日本には「お互いさま」の文化があるので、修了生が核となり社会全体でケアできるようになってほしい。地域の人たちが互いにケアを担えるようになると、グリーフケアは無理なく広がっていくと考えます。

栗原幸江特任教授(左)と山岡三治所長栗原幸江特任教授(左)と
山岡三治所長