山梨大・伊藤安海教授にインタビュー

2024年度 自賠責運用益拠出事業/交通環境の多様化による交通事故因子の顕在化と事故抑制のための自動運転社会の技術・環境要件の調査

警察庁の集計によると、2023年の全国の交通事故死者数は2678人で、過去最多を記録した1970年の6分の1以下にまで減少しました。しかし、死者数は8年ぶり、重傷者数は23年ぶりに前年を上回り、近年は75歳以上の高齢運転者による死亡事故が増加傾向にあります。あおり運転や電動キックボードの交通法令違反に起因する事故など、事故要因は多様化。山梨大工学部の伊藤安海教授(安全医工学)らのグループは、高齢者の運転能力検査や体力測定、多様な専門家との意見交換などを通して事故減少のための要件を探っており、日本損害保険協会はその研究を支援しています。伊藤教授に研究の現状や展望を伺いました。

運転は生きがい、彩りにも

 交通事故ゼロは、車と人を分離するというインフラ整備を行ったうえで、全ての車の全ての操作が自動化される(自動運転「レベル4」以上にする)、外出せずに買い物はドローンで宅配してもらうなど、究極の安全対策を取れば実現します。しかし、そのような生活が幸せと言えるでしょうか。高齢ドライバーに車がなくなると何に困るか尋ねると、「買い物や仕事に行けなくなる」との答えが返ってきますが、「ハンドルを握るとドライブを楽しんだ若いころの気持ちが蘇る」といった話を聞くと、単に生活が不便になるだけではなく、楽しみを失ってしまうことが分かります。
 車を運転することは、生きがいや人生の彩りにつながっています。高齢化と自動運転技術が進む中で、運転の楽しみといった視点を大切にしながら、交通安全の対策を考える。それが研究のベースになっています。
 研究には、大学の研究者、自動車メーカーのエンジニア、レースドライバー、医師、警察の交通担当者など、さまざまな立場の専門家が参加し、意見や情報を交換してきました。当初は「ヒト」「クルマ」「インフラ」の3班に分かれてミーティングを重ねましたが、結局はヒトの部分が重要で、内容が重複してきたこともあり、合同で実施するスタイルに落ち着いています。

簡易ドライビングシミュレーターによる運動能力トレーニング簡易ドライビングシミュレーター
による運動能力トレーニング

複数の指標で運転能力判断を

 山梨県富士河口湖町などで高齢者の運転能力や運転履歴を分析した結果、認知機能検査の点数とドライビングシミュレーターで評価した運動能力に、ほとんど関係がないことが分かりました。つまり、運転免許更新時の認知機能検査の基準を厳しくしたり、一律に年齢で線引きしたりしても、事故防止にはあまり意味がないということです。
運転能力には、交差点全体の状況を瞬時にとらえる能力や、ラインを正確になぞる能力、バックで車庫入れする能力など、いろいろな能力が存在します。それらは一つの検査で全部分かるわけではないので、運転に関係のある指標を組み合わせて評価するのが重要だと思います。
 運転能力や危険回避能力との相関がかなり高いのが、対向車や歩行者などの複数の要素を同時に素早く認識し、的確に判断する「視覚探索処理能力」です。この能力は、ランダムに記載された数字と文字を順番に線で結ぶ「トレイルメイキングテスト(TMT)」で簡便に測定できるため、TMTを参考にして、視覚探索処理能力の検査・トレーニングが行えるタブレット用のアプリを開発しました。また、学校教育を受けた年数や、握力の動的測定結果などの要素も運転能力の指標になり得ることが分かってきました。

タブレット用の視覚探索処理能力のトレーニングアプリ画面タブレット用の視覚探索
処理能力のトレーニング
アプリ画面

「人馬一体」の自動運転

 事故は運転能力の低下だけでなく病気が原因であることも少なくないので、健康診断のデータを自治体、厚生労働省、警察庁などの行政機関で共有するのも有効な手段だと考えます。年2回ぐらい自分の運転能力の限界を知る機会をつくるのも有意義でしょう。どういうサポートやアドバイスをしたら、安全で快適に運転し続けられるかも検討しています。自動運転はいかに人が介在しないかに目が向けられてきました。しかし、トラブル発生時など、自身が運転しなければならない状況にいつでも対応できるようにしておくことが必要です。目指したいのは「人馬一体」です。人や車に近づいたり死角があって危なかったりするとハンドルが重くなるような、車と人が連携して運転するイメージです。
 子どもや外国人など日本の運転免許を持っていない人への交通教育の在り方や、モビリティの多様化など、課題は増えてきています。こうした交通環境の現状や研究成果を知ってもらうため、シンポジウムやイベントを開催しました。今後も多様な専門家の意見に耳を傾け、実現性・実効性のある施策を提言していきたいと考えています。

富士河口湖町で開いたシニアドライバーセミナー富士河口湖町で開いた
シニアドライバーセミナー