日本交通科学学会・一杉正仁副会長にインタビュー

2024年度 自賠責運用益拠出事業/仮想現実運転シミュレーションを用いた運転寿命延伸プログラムの構築

自動車事故の約1割は、脳卒中や心疾患など体調の急変が原因で起こる「体調起因性事故」であることが、最近の研究で分かってきました。年齢を重ねるほどに何らかの病気を抱える人の割合が高くなることから、高齢ドライバーの増加に伴い、体調起因性事故は今後増えると予想されます。事故を防ぎ運転者の命を守るには、体調の変化を検知し、車を安全に停止させるシステムが有効と考えられます。日本交通科学学会はこのようなシステムを構築し、自動運転技術に適用させることを目指しており、日本損害保険協会はその研究を支援しています。研究成果や課題について、同学会の一杉正仁副会長(滋賀医科大教授)にお話を伺いました。

かつては「運転ミス」

 国内外のデータから、体調起因性事故は自動車事故の約1割を占めると考えられます。タクシー運転手を対象に行った調査では、約30%の人が運転中に体調を崩した経験があり、9~16%の人は、大事には至らなかったものの、事故になりかけて危ない思いをする「ヒヤリ・ハット」を経験していました。原因となる病気で最も多いのは脳血管疾患で、次は心疾患。一過性の意識消失や腹痛もあります。2011年に栃木県鹿沼市でクレーン車が小学生の列に突っ込み6人が死亡した事故は、てんかん発作が原因でした。
 この事故が発生したころから、体調起因性事故について研究しています。以前なら警察が「運転ミス」で片付けていたような事故があり、運転者を法医解剖したら体調不良が原因と判明したといった経験を、私自身がしました。正確な調査をせずに運転ミスと判断するのは、死者の尊厳を踏みにじるものです。運転ミスであればミスを減らす対策が必要ですが、運転中の病気が原因なら予防法は違ってきます。
 運転者の体調をモニターして異常を検知し、歩行者や車両への衝突事故を回避して、運転者の命を救うため消防へ緊急通報する-。そうした運転支援システムを目指し、日本交通科学学会では医学を中心に工学、心理学、行政など、さまざまな分野の専門家が研究に参加しています。

2024年3月に開かれた
交通科学シンポジウム

不調を検知し事故回避、救急通報

 実用化されている自動運転のレベル3では、自動運転システムから運転者交代の要求があれば、運転者は運転に戻らなければなりません。しかし、運転者が運転できなくなる事態を想定して検証されているかどうかは疑問です。完全自動化が実現しても、車は目的地に着いたが運転者は亡くなっていた、というのでは困ります。車載カメラなどで運転者をモニターし、体調変化をカバーする技術が必要です。
 体調の変化は運転者の姿勢、まぶたの開閉、瞳孔の動き、心拍数や血圧と言った生体データで検知できます。ただ、病気によって症状はさまざまです。目を閉じていれば普通ではないと分かりますが、目を開いたままてんかん発作を起こすケースもあります。心拍数も個人差があり、どこで線引きするか難しい例もあります。
 他車との衝突を防ぐためには、ガードレールがあることを前提として、車を左前方に進ませて止めるのが有効であることも確認できました。また、過去の調査で、運転中に心停止した27人のうち8人は助かっており、事故の早期発見と病院に到着するまでの適切な救護活動のためには、事故の緊急通報も欠かせません。体調不良の検知、事故回避、通報を段階的に改良していけば、事故による死傷者は減らせます。

交通科学シンポジウムで
意見交換をする一杉副会長
(中央)ら

社会の認知と受容目指す

 私たちはシステムを直接開発するのではなく、問題点や課題を提言しています。その一つに、最新型のバスなどに備わっている緊急停止装置のスイッチの位置があります。スイッチを押すとハザードランプがついてゆっくり停止する装置で、スイッチを押す腕の移動距離やひじの角度、視野が狭まったケースなどを検証し、スイッチはハンドルの中央にあるのが望ましいと指摘しました。
 また、病気が治った職業ドライバーの復職に向け、慣らし運転やドライビングシミュレーションで運転の可否を客観的に判断することを盛り込んだガイドラインの研究もしています。ドライバーの社会参加や、生産年齢人口の減少による労働力不足の解消に必要です。
 何よりも、システムの必要性を多くの人に認知してもらい、受け入れられることが重要です。シンポジウムの開催や報告書の配布などを通して、運転支援技術の開発や社会的受容の形成に取り組み、継続して発信していきたいと考えています。

システムの社会的認知のための
取り組みを紹介する一杉副会長