身近な人や親しい人との死別による悲嘆(grief=グリーフ)を抱えた人を支援する「グリーフケア」は、1995年の阪神・淡路大震災や2005年の尼崎JR脱線事故などで注目されるようになりました。しかし、グリーフケアという言葉を知っている人は2割強、内容まで理解している人は1割程度という調査結果もあり、実情や必要性を広く知ってもらうことが社会的課題になっています。日本損害保険協会では、グリーフケア活動の一つである交通事故の遺族による伝承活動などに関する研究を支援しています。研究成果やケアの実践について、関西学院大の坂口幸弘教授(悲嘆と死別の研究センター長)と赤田ちづる研究支援員にお話を伺いました。
大切な人を亡くしたときのグリーフは自然な反応であり、多くの場合、特別なケアは必要ありません。しかし、なかなかグリーフが和らがず生活に支障を来すことがある「遷延性悲嘆症」の人が1割弱おり、人によってはうつ病になって治療が必要になったり自殺したりすることがあります。子どものときに兄を交通事故で亡くした女性は「自分だけが幸せになってはいけない」と思い、大切な人を持つことを「兄と同じように突然いなくなるのでは」と恐れ、結婚を諦めていました。グリーフが重篤にならないよう予防的にサポートするだけでなく、これからの生活や人生の質の向上を後押しする意味で、その人のニーズに応じた支援が必要になります。
私たちはグリーフケアを、遺族にとって助けや支え、救いになるものと、広くとらえています。ケアというと専門職が行うイメージがありますが、同じような経験をした遺族や身近な人も大きな支えになります。死別やグリーフは誰もが経験し、傷ついたり傷つけたりすることもあります。家族だけでは解決できず、社会のサポートが必要な場合もあります。社会を構成する全ての人にグリーフやケアの問題を知ってほしいと願っています。
私たちが研究をしている「生きた証の伝承」はグリーフケアの一つと捉えています。遺族には、死を無駄にしたくない、亡くなった人の存在を残し続けたい、という気持ちがあり、交通事故のような理不尽な死の場合に特に強く表れます。その気持ちを形にする「生命(いのち)のメッセージ展」を2017年から毎年、学内や駅の広場で開いています。生前の写真や家族の言葉を貼った等身大パネルを並べ、亡くなった人や遺族の思いを伝えるのです。多くの来場者にとって、遺族の悲しみやつらさに触れ、命の尊さを考えるとともに「加害者にならないよう運転に気をつけよう」などと誓う機会になったと推察されます。遺族は思いが伝わったことを喜び、遺族同士の出会いや交流の場にもなりました。2023年度はメタバース(インターネット上の仮想空間)での開催を検討しています。
遺族の自助グループの支援も行っています。あるグループは、代表の負担が大きい、思うことが言えない、活動資金がない、などの問題を抱えていました。メンバーの役割分担を見直し、活動計画にそれぞれの希望を盛り込めるよう調整、助成金の申請を手伝うなどして改善を図りました。遺族自らの活動は回復プロセスに有益であることが分かっており、サポートを受けられる仕組みや基盤を作りたいと考えています。
グリーフケアで大切なのは、相手(遺族)の思いを尊重することです。相手を傷つけるのは、自分の経験を基に「これが正しい」と一方的なアドバイスをしたときにみられがちです。死別体験は一人一人違い、グリーフは多様です。良かれと思って体験を語っても、それを活用するかどうかは相手に任せるべきです。また、ケアが必要な人に目を向けているか、見過ごしている遺族がいないか、と気配りしてください。親を亡くした子は「大丈夫か」と言ってもらえても、きょうだいを亡くした子は親がいるのでケアの対象と見られないことがあります。声をかけるときは「元気?」「大丈夫?」ではなく「ご飯食べられている?」「眠れる?」と、具体的な状況を聞くと、困っていることを話してくれることがあります。
現在はグリーフケアを多くの人に知ってもらう普及の段階にあり、次のステップではケアの質や中身が問われてきます。質を高めるにはどのような研修が支援者養成につながるか、一般の人も含めグリーフリテラシー(知識やスキル、価値観)をどう向上させるか、といった研究を進めたいと考えています。また、交通事故被害者の遺族がどんな思いをしてきたか、一人一人の声を丁寧に拾い、社会に伝えて還元するのが私たちの役割だと思っています。