NPO法人日本外傷診療研究機構・溝端康光理事長にインタビュー

2021年度自賠責運用益拠出事業/救急外傷診療の研修会開催を支援

交通事故や労災事故、自然災害など不慮の事故によって亡くなる人は国内では年間2万人弱に達します。適切な処置を受けていれば命を落とさずに済んだケースもあると指摘され、2000年に厚生省(現厚生労働省)研究班が全国の救命救急センターを対象に行ったアンケートでは、外傷で亡くなった人の38%は死を避けられた可能性があることが分かりました。初期診療システムを構築して「防ぎ得た外傷死」をなくそうと、日本外傷診療研究機構が救急現場で働く医師を対象に開いている研修会「JATEC(ジェイエイテック)コース」を支援しています。同機構の溝端康光理事長(大阪市立大教授)に、研修会の狙いや内容について、お話を伺いました。

防ぎ得た死

 研究班の調査結果は1960年代の米国と同様でした。高度な治療ができなかったのではなく、気道確保や人工呼吸、輸血といった基本的な部分が適切に実行できていなかったのが原因とみられます。救命第一の現場では、若手にゆっくり教えたり処置をさせたりする余裕はありません。そもそも当時は、理論に基づいた定型的な診療法が確立されていませんでした。
 このため、日本外傷学会と日本救急医学会が中心となって、2002年に標準治療をまとめた「外傷初期診療ガイドライン」を策定し、2003年からは必要な知識と手技を学ぶ研修会を月に3、4回、これまでに550回以上開催しています。受講者は研修医からベテランまで、1万7000人を超えました。

 

死亡率は半減

 研修会は2日間。初日は座学のほか、高機能なシミュレーターと実際の医療機器を使った外科的気道確保や迅速簡易超音波検査、エックス線画像の読影などの実習を行います。2日目は模擬診療と筆記試験で学習効果を確認します。質の高い教育にするため、1回の受講生32人に約30人の講師で対応し、理論に基づいた手技を正しく教えることを主眼にしています。
 2003~2018年の調査では、外傷患者の死亡率が研修会開始前の2002年に比べ半減しました。致命的でない外傷や救命救急センターの数が増えたといった環境要因もあるかもしれませんが、初期診療が適切に実施されるなど、ガイドラインと研修会の効果は確実に上がりつつあると感じています。

 

コロナでオンライン活用へ

 新型コロナウイルスの流行で、2020年度は研修会を1回も開けませんでした。2022年度からは、6版になったガイドラインに合わせて研修会の内容を大幅に改定し、開催方法も1日目はオンラインで理論や読影を学び、2日目に集合して実習と試験を行う形式に変更する予定です。
 適切な診療ができるようになってきた今、次の段階の診療も課題になっています。大量出血に対する止血手術を迅速に実施できるようにすることがその一例です。JATECの次のステップを学ぶ機会として、ディスカッションや動物を使ったシミュレーションを組み入れた講習会が各地で開催されています。
 外傷は特に若い世代に大きな影響を与えます。受傷人数に、亡くならずに過ごせたはずの年月や後遺症を抱えて人生を送る年月をかけると、失うものがいかに大きいか分かります。外傷診療の水準を上げ、死や後遺症を防ぎたいと考えています。

 

認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク・篠田伸夫理事長にインタビュー

2019年度 自賠責運用益拠出事業/ヘリコプターを活用した救急医療システム構築のための事業補助

交通事故や災害の現場に医療チームを乗せて駆けつけるドクターヘリは、日本では1999年に試験運航を開始しました。20年が経過した現在、43道府県に53機が配備され、多くの命を救っています。
ドクターヘリの普及を目指し99年12月に発足し、調査研究や情報発信などに当たっている救急ヘリ病院ネットワークを支援しています。同NPOの篠田伸夫理事長に、現状や課題についてお話を伺いました。

大震災きっかけに

 ドクターヘリは、基地病院の救命救急センターに医療機器や医薬品を装備・搭載して待機し、要請が来ると医療チームを乗せて現場に出動するヘリコプターです。導入のきっかけは95年の阪神・淡路大震災でした。道路が寸断されて救急車は動けず、救えたかもしれない500人の命が失われました。
 当時、「救急」と言えば、患者を救急車で病院に搬送することでした。海外の先進事例を踏まえ、発想を180度転換し、医師を患者のもとに運びいち早く治療を開始する救急ヘリを求める声が高まりました。99年に神奈川、岡山両県で試験運航が始まり、2001年に本格事業としてスタートしました。

救命率39%向上

 18年度に全国で2万9,000件余り出動し、このうち交通事故は約4,500件でした。出血多量の患者は、救命措置をしなければ30分後には半数が亡くなる、とされています。本NPOの研究によると、救急車搬送に比べドクターヘリ搬送の方が、救命率は推計で39.0%向上し、退院までの日数は実績で16.7日減少と、大きな効果が見られました。
 新しい試みとして、交通事故車が衝突方向や衝撃の大きさ等を基に推定した死亡重症度を、消防や基地病院に自動通報する「D-Call Net(ディーコールネット)」を、18年度から本格運用しています。事故発生から治療開始までの時間が17分短縮され、全国の交通事故死者数を年間282人減らす効果があると推定されています。装置は約80万台(19年2月末現在)に搭載され、19年度末で約700件の事故でヘリが5回出動しました。

 

夜間飛行の研究開始

 ドクターヘリ配備で最後まで残っていた東京都が導入の検討を19年末に表明し、量的な拡大はほぼ達成したと考えています。これからは質的な向上が目標ですが、課題はいくつかあります。
 一つは経費。ドクターヘリは航空会社に委託する形を取っており、1機当たり年間2億5,000万円かかります。救急車と同じで患者は料金を支払う必要がありません。国と導入道府県が負担していますが、航空会社の持ち出し部分があるのが現状です。
 24時間対応も重要です。ヘリは操縦士の目視に頼る有視界飛行をしなければなりません。飛行の安全を考えると夜間飛行は問題があるのですが、急病人は夜間でも発生します。2020年度から関連学会などとともに研究を始めることになりました。

日本医科大学付属病院高度救命救急センター・渡邊 顕弘先生にインタビュー

2010年度 自賠責運用益拠出事業/救急医への外傷診断研修

一人でも多くの交通事故被害者の命を救い、その後の後遺症を軽減させるために、日本外傷診療研究機構が実施している救急医療に携わる医師向けの研修(JATEC)を支援しています。

JATECの目的や意義について、実際に受講された日本医科大学付属病院高度救命救急センター・渡邊 顕弘先生にお話しを伺いました。

素早い診療判断が命を救う

 高度救命救急センターは、交通事故で大ケガをした重症症例が搬送されてくるので、非常に緊迫した場所です。救急医療の診療は、患者さんから症状を聞いて検査をするといった通常の診療方法とは異なり、来院時から意識が無いことや、全身に損傷を受けていることが珍しくありません。その場その場で、たくさんある重症部位を、どこから診療するのか迷うのではなく、preventable trauma death(PTD:防ぎえた外傷死※)に至らない為に、蘇生が必要な緊急性の高い生理学的徴候を系統的に漏れなく見つけ出す事が大切です。

※適切な診療を受けられていれば助かったであろう外傷死

自信を持って診療判断ができる

 JATECでは標準的な外傷診療の習得を目的として、救急現場から搬送される様々な患者さんの状態を想定したシナリオをもとに、本物の医療器具や人体模型を用いて、患者の受入れから診療の一連の流れを再現した実技演習が行われています。
 これにより、どんなに危機的な状況下でも救命医が何をすべきか混乱せずに冷静に自信を持って判断ができ、重大な損傷を見落とすことを防ぐことができます。

JATEC受講風景

ドクターカーで急行した現場で

 ドクターカーで急行した交通事故現場でJATECでの経験が役立ちました。一見したところ重症でない様子でしたが、学んだ手順通りに蘇生の必要性を判断する観察を進めていたところ、呼吸に異常があることが分かり、実は緊急性の高い緊張性気胸になりかけていたことが分かりました。
 冷静に対応した事で致死的な状況を回避できたと思います。

渡邊 顕弘先生