首の骨や背骨の中を通る神経の束である脊髄が傷つく脊髄損傷の患者は、国内で年間約5,000人発生しています。受傷原因は50代までは交通事故が最も多く、高齢者では転倒が目立ちます。初期治療とリハビリで一定程度は回復するものの、重症だと手足が動かせず感覚もない状態になります。受傷から1年以上たった患者は12万人以上。
NPO法人日本せきずい基金が主催している、治療法やケアの情報を患者、家族らに提供する勉強会への開催支援をしています。同基金の大濱眞理事長に、脊髄損傷の現状や世界的にも注目されているiPS細胞を使った再生医療への期待についてお話を伺いました。
2021年12月に沖縄県で勉強会「Walk Again」を開催し、会場とオンライン合わせて約400人が参加しました。勉強会は基金設立の1999年から続けており、Walk Againという名称になって13回目。今回は慶応大の岡野栄之教授に、始まったばかりのiPS細胞を用いた臨床研究について講演をお願いしました。
受傷後14~28日の亜急性期の完全脊髄損傷患者4人を対象に、iPS細胞から作った神経のもとになる細胞200万個を損傷部位に注射し、神経回路を再生しようという世界初の試みです。1年かけて安全性と有効性を確認しますが、23年に慢性期の不完全損傷、25年ごろには慢性期の完全損傷に対する臨床研究開始を目指しており、勉強会の参加者からは「希望を得た」「頑張る気力が出てきた」などの感想が寄せられました。
患者と家族は情報を求めています。病院に行くのは年に2、3回で医師との距離が遠いという患者もおり、新しく正確な情報を得にくいのが現状です。また、人工呼吸器から離脱したい、自分で食事をしたい、排せつをコントロールしたい、とさまざまなニーズもあります。患者、家族に加え、医療や福祉の従事者、企業関係者らが集う勉強会は、知識を得るだけでなく、ニーズを共有し交流や意見交換ができる場でもあるのです。
10年以上前ですが、さまざまな細胞に分化する間葉系幹細胞による治療を受けようと、何百万円もかけて中国に行った患者が結構いました。全く効果がない患者もおり、正しい情報提供により、このようなことがないようにしたいと考えています。
脊髄損傷は受傷後に、どんな病院に運ばれるかで予後が違ってきます。ドクターヘリなどで運び、すぐに手術すると、状態はかなり良くなります。しかし、急性期からリハビリ、社会復帰まで一貫して治療する国の「せき損センター」は、北海道美唄市と福岡県飯塚市の2カ所だけ。日本各地にセンター的な施設はありますが、せき損センターは少なくともあと5カ所は必要です。
私は20代の時にラグビーの試合で受傷し、人工呼吸器を装着した時期もありました。現在は肩から下がほとんど動きません。元に戻りたいという思いは強く、再生医療に大きな期待を抱いています。国は基礎研究にもっと投資し、iPS細胞を供給する京都大iPS細胞研究所などもきちんと支援してほしいと願っています。
交通事故等によって脊髄損傷を負った方が社会へ復帰するために、(社)全国脊髄損傷者連合会が実施しているピアサポート活動(※)を支援しています。
ピアサポート活動の目的や意義について、ピアサポートの第一人者である千葉 均さんにお話をお伺いしました。
※ピアサポート活動とは、同じ立場の人による援助・支援のこと。
脊髄を損傷し、車いすを必要とするような後遺症が残った場合、1970年代頃は、数年程度の長期入院が可能でした。そのため、入院中に当事者同士がコミュニケーションを取り、日常生活や社会復帰に向けた仲間同士の情報共有が自然発生的に行われていました。
しかし、最近では医療制度の改正などに伴い、入院期間が短くなり、3ヶ月から6ヶ月程度で退院するのが一般的で、生活に密着した、当事者ならではの知恵が十分に得られないまま社会に復帰するようなケースが見受けられます。そこで、既に退院した当事者が入院中の方にピアサポートすることが必要だと考えました。
ピアサポートを実施するにあたっては、サポートする側も基礎的知識を習得する必要がありました。そこで、専門医やソーシャルワーカーなどの協力を得て、ピアマネジャーの役割、相談技術、社会資源の活用、医学的な知識などを盛り込んだ「ピアマネジャー養成研修テキスト」を作成し、全国各地で168名のピアマネジャーを養成しました。現在、全国15支部でピアマネジャーが活躍し、入院している方を対象としたグループサポートを定期的に開催しています。
ピアサポートは、住宅改造から福祉制度の利用、自動車の運転、排泄の管理に至るまで、細かい個別相談にも対応しており、当事者やそのご家族のニーズに応えた内容となっています。
現在の課題は、個人情報保護の観点から、入院している方の情報を以前のように把握できず、ピアサポートを導入しづらいという点です。また、外部からピアマネジャーを受け入れる体制を整えることは、施設面やセキュリティ面から、医療機関にとっても簡単ではありません。
そこで、これまでの活動に加え、ピアマネジャーから蓄積してきたノウハウをガイドブックにまとめて、情報発信を図ることにしました。ガイドブックは、どの医療機関でも導入しやすく、大変好評を得ており、今後は、子作りや子育てなど、様々なテーマのガイドブックも作成していきたいと考えています。