医師、看護師を乗せて事故や災害の現場に急行し、患者をストレッチャーに寝かせたまま搬送できるドクターヘリは、2001年の本格運用開始から20年が経過しました。テレビドラマの影響もあってか「フライトドクター」「フライトナース」を目指す医療従事者は増えているといい、そうした人たちに航空機の特性や安全運航について知ってもらうための講習会の開催を支援しています。聖隷三方原病院(静岡県浜松市)高度救命救急センター長で、日本航空医療学会ドクターヘリ研修委員会の早川達也委員長に、ドクターヘリの現状や講習会の狙いについてお話を伺いました。
ドクターヘリは2021年12月現在、45道府県で54機が活躍しており、2018年度の出動件数は計2万9千回余り、1機当たりだと500回以上に達します。搭乗する医療従事者に特別な資格は必要なく、ヘリを運営する基地病院で人選します。医師であれば救急科専門医相当、看護師はリーダーとして5年ぐらいの経験を積んでいることが目安になるでしょう。
乗り組むには安全に関する知識が必要です。風で飛散する物は持たない、ローターが回転している後方からは近づかない、飛行中は他の航空機や鳥が接近していないか見張る、などです。そこで日本航空医療学会は、これから搭乗しようという医療従事者やヘリ会社の運航関係者を対象にした講習会を2021年末までに41回開き、4250人が受講しました。
これまでの講習会は座学中心でしたが、2022年度から県営名古屋空港のヘリ会社で、本物の機体を改造したシミュレーター「Metra(メトラ)」を使う新しい研修プログラムを始めることになりました。医療機器や機内交信装置を搭載し、機体の揺れや操縦士と地上の交信も再現、発煙装置で機内火災も模擬体験できます。
人工呼吸管理中の重症患者を搬送中に、鳥が機体に衝突する「バードストライク」が発生、危険を防ぐため予防着陸する、といった実機では困難なシナリオの訓練ができます。ドクターヘリの全国展開が一段落した現在、医療システムに航空機が関わるとはどういうことかを考えてもらう機会にしようと、講習会の在り方を見直したのです。
航空機の使用は墜落のリスクを伴います。Metraは2016年に神奈川県内で着陸に失敗し、後部が大破したドクターヘリを改造したものです。私自身、乗っていたヘリのエンジンが不調になり、緊急着陸した経験があります。このため、あらゆるケースでヘリを使うのはいかがなものかと思いますが、相応のリスクがあっても迅速な初期診療や搬送時間短縮の面でヘリを使用する意味はあります。
ドクターヘリについて医療従事者や国民の認知度は高まる一方、夜間飛行の是非や操縦士の不足など、新たな課題も浮上しています。講習会の受講生には、安全を担保する意識や、この20年で関係者が培ってきた知識を身につけ、それぞれの病院や会社に持ち帰ってほしいと願っています。
医療機器や医薬品を搭載したヘリコプターに医師と看護師の医療スタッフを乗せていち早く事故現場などの救急現場に向かい、けが人や急病人を治療し、病状に適した医療施設へ患者さんを搬送するのが、ドクターヘリですが、このドクターヘリの救急医療活動に関わる皆さんへの講習会(ドクターヘリ講習会)を支援しています。
ドクターヘリ講習会の目的や意義、あるいはドクターヘリを使った救急医療体制の課題について日本航空医療学会・小濱啓次理事長と滝口雅博監事にお話しを伺いました。
日本航空医療学会が主催する「ドクターヘリ講習会」は、今年度で23回の開催を数えます。
当初は、学会のメンバーを中心に行っていたドクターヘリ講習会ですが、現在ではドクターヘリ運用に関わる関係者、すなわち医師、看護師、救急隊員などの医療関係者とヘリコプターの運用を行う操縦士、整備士、運用管理者などのスタッフが同じ会場に集まり、基本的な知識の整理や実際の運用に必要とされる実技を体験する目的で開催しています。
ドクターヘリは、運航を開始して今年で10年を迎えました。この10年で5万回以上出動していますが、この間、無事故で運営されてきています。運航に関わるすべてのスタッフが講習で得られた知識をもとに救急現場でも適正に連携・対応されている成果といえると思います。
出動件数は毎年増加していることからも分かるとおり、ドクターヘリが救急医療活動になくてはならないものとなったとともに、より一層の体制の充実が求められています。
ドクターヘリ講習会の修了者も10年間で2,400名ほどにまで達していますが、ドクターヘリ運用に関わる関係者についても、引き続き養成に努めていく必要があると感じています。
東日本大震災などの大規模災害時における患者さんの搬送や高速道路上での負傷者の搬送などを通じて、ドクターヘリがより一層普及していくために取り組むべき課題(航空法の規制の見直し、病院間の連携、高速道路上での着陸地点の確保および無線を含む情報伝達に関する課題など)が改めて浮き彫りになりました。
今後も行政等との調整を行い、ドクターヘリの運用では、日本の先を行くドイツや米国に追いつき、更に充実させていきたいと考えています。